発達障害の診断の体験談

口癖は「わからない」「わすれた」

我が家の次男が発達障害であると診断をされたのは2017年4月・次男が小学2年生になった春です。アスペルガー症候群・受動型とのことでした。
小学校に入学する以前は、「人と時間軸が違う。この子の世界だけ一日が36時間で流れている気がする」と、極端なのんびり屋さんなんだとしか思ってはいませんでした。
小学校に入学してすぐに、「着ていくズボンがない」と立ちすくんで泣いている姿に私は驚きが隠せませんでした。双子の兄弟である三男が先に着替えた際、次男のズボンを履いてしまったため、次男は自分の分はなくなったと思ったのです。他のズボンがなかったわけではありません。三男が履かなかったお揃いのズボンを履くこともできたのです。その日は説得して他の物を着てもらい、登校しました。
その後も筆箱を忘れて学校で何も書かずに過ごしたり、配られたプリントを全く手を付けなかったり、細かいものをあげればきりがない出来事が多々ありました。
それでも授業の理解は三男に比べても各段に優れていて、特に漢字は習っていないものも読み書きが出来るほど、学習能力は高かったのです。
ただ、「今日の学校どうだった?」と問いかけた時、次男からの答えはいつも「わすれた」でした。他の兄弟が学校の様子を話すのを横でうなずいている姿からは「わすれた」わけではないのです。保育園に通っていた頃、お迎え時に園の先生から一日の様子を直接聞けたため、彼が一日の出来事を言葉にして出せないことに、私は気付かず過ごしてしまっていたようです。そして次男は、答えられない問いかけには「わすれた」「わからない」と言っているのだときづきました。
疑心暗鬼の中、市の発達支援センターに連絡をし、相談を受けることにしたのは一年生の夏休みの事です。「絶対に障害ではない」と言う主人を説得し、まずは日常生活の中から次男に対する言葉のかけ方に対するアドバイスを聞くところから始まりました。
「何か指示を出す前に、必ず名前を呼ぶ」「時間割表に毎日の持ち物として『筆箱』と書く」そんなアドバイスを受け試したところ、筆箱を忘れることはなくなり、以前は完全無視に見えた声掛けにも比較的早く返事をくれるようになりました。疑問が確信に変わったのはそれからです。
定期的に発達支援センターの心理士の方からアドバイスを受けて実践し、主人がその効果を実感するまでに時間はかかりましたが、一年生が修了した2017年3月、発達検査を受けることができました。
診断結果は冒頭に記した通りです。入学以前から気に入らないとすぐ泣く頑固者の一面は、次男のパニック状態であったことが分かった時、今までの自分を責めることしかできませんでした。次男が立ちすくんで泣いている時に、それまでの私は「それはワガママだ」と叱りつけていたのです。
後悔と自責の念の中で、ただ落ち込み、眠れない日々も多くありました。それでも、2017年7月から隔週のカウンセリングと療育が始まると、次男が何を困っているのか、そんな時どんな言葉をかければいいか、具体的なビジョンが見え始めました。
これから遠い未来のことは想像もできませんが、まだまだたくさん、次男のために、家族のために出来ることがあると分かりました。やっと光が見えたばかりですが、これから子供たちが生きていく中で、少しでも前を向いていけるように、出来ることはすべてやろうと思っています。

後輩ママへのアドバイス

現在、たくさんの情報が簡単に手に入る世の中で、「ひょっとしたらウチの子は障害が」と不安になる局面は多くあると思います。なかなか喋らない、落ち着きがない、癇癪がひどいなど、あれ?と思った時、お子さんの顔をじっと見て、抱きしめてあげて下さい。育児に悩んで疲れた時など、お子さんが生まれた時のことを思い出して下さい。あなたの母としての強さが、何をすべきなのかを教えてくれるはずです。
私たち母親が子どもの力を信じなくなった時が、子どもの未来を全く見えないものにしてしまうのだと思います。困難にあっても、子どもの力を信じて、真っ直ぐに子供と向き合うことが出来れば、答えは子どもが出してくれます。

そして、母の笑顔こそが、子どもを育てる一番の栄養だと、忘れないで日々過ごしたいものですね。

参考になったらここをクリック(ログイン不要)
ありがとう!7 ありがとう
\ あなたも体験談を投稿しませんか? /
次の体験談へ
\ あなたも体験談を投稿しませんか? /