発達障害の診断の体験談

1歳半健診と3歳児健診では引っ掛かかりませんでしたが違和感がありました

現在小学一年生の自閉スペクトラム症(ASD+ADHD)の息子がいます。普通級に在籍して元気に登校しています。息子が診断されるまでを書きました。長いですが、ご拝読いただければ幸いです。

息子の発達に違和感を感じてインターネットで調べるまでは、発達障害という言葉は耳にしたことがある程度でどのようなものかは知りませんでした。初めての育児で息子の発達が定型発達の範囲内なのか範囲外なのかの判断はつきませんでした。

最初に違和感を覚えたのは捕まり立ちが始まりしばらくしてからでした。児童館で他の子は足の裏をかかとまで全てつけて歩いていましたが、息子はずっと爪先立ちで歩いていました。インターネットで『捕まり立ち 爪先立ち』などのキーワードで検索しましたが発達障害にはたどり着けませんでした。

次に違和感を覚えたのは1歳前後でした。風車や扇風機やお店の換気扇や室外機などのクルクル回る物に強い興味を持ちました。積み木やおもちゃは一直線に並べる遊びばかりしていました。こだわりが強いなと感じつつも興味が少し個性的な子なのかと思っていました。

母子手帳の1歳の発達の質問事項に『新聞を取ってなどの簡単な指示を理解できますか』とあり、とても出来るような成長をしていませんでしたので質問内容に驚きました。

1歳半健診が近付き、質問された物を指差しで答えられるか、積み木は積めるかなどの発達の検査が行われることを知り、慌てて対策の練習を始めました。しかし、指差しはできず、積み木は2段しか積めない状態で健診を迎えました。
健診はちょうどお昼寝の時間だったのもあり、発達の検査では泣き続けたため検査に引っ掛かりませんでした。
健診会場では保護者と穏やかに絵本を読んで静かにしている子も多い中、息子は1人だけ終始走り回っていました。色々なことに興味を持つ元気な子なのかと思いました。

1歳半健診からしばらく経ってもクルクルと回る物が大好きで、おもちゃは並べ続けていました。車のおもちゃはタイヤが回るのをひたすら見ていました。
1歳9ヶ月頃になると、散歩やお買い物で思うようにならないと道路や床に寝転がって癇癪を起こしました。家では床や壁にガンガンと頭を打ち付けて泣くようになりました。イヤイヤ期が始まったのだと思いました。頻繁に癇癪を起こすため、外出が億劫になっていました。

遊び方が変わらないことと癇癪が激しいため、再びインターネットで調べました。『クルクル回る物が好き 物を並べる』というキーワードでやっと発達障害にたどり着きました。とてもショックを受けました。何時間も泣きました。一人で抱えきれる不安ではなかったため、その日の夜に主人に話しました。しかし、主人には「息子は普通の子供で障害児ではない。ネットの情報に振り回されずに目の前の息子に向き合って成長を促してあげて。」と言われ、発達障害の話は出来なくなりました。

1歳11ヶ月から出来たばかりの保育園に息子を預けました。慣らし保育3日目の初めてのお昼寝で息子は寝たくないと号泣し床に頭を打ち付けました。保育園から慌ててその旨の連絡がきました。保育士さんはベテランの先生も数名おり、息子が頭を打ち付けるのは珍しいことなのだと知りました。
やはり発達障害なのではと不安が過りましたが、仕事と育児と家事とで忙しく、程なくして第二子を妊娠し、息子の発達に目を向ける余裕はありませんでした。

第二子の出産で里帰りをして実母に息子を近くの児童館に毎日連れて行ってもらいました。しかし、児童館ではずっとドアの開け閉めをし、部屋の隅をクルクルと回り続け、絵本の読み聞かせや手遊び等には一切参加しませんでした。実母にも息子は発達障害ではないかと相談しましたが「息子は普通の子で興味が他の子と違うだけ。親なのに息子を障害者にしたいの?」と否定されました。

3歳児健診の発達検査では息子は好きな事を一方的に話してまともに答えられていませんでしたが、何故か引っ掛かりませんでした。健診後に相談しようかと思いましたが、勇気が出ずできませんでした。

3歳8ヶ月に1歳の時とは別の保育園に入園しました。7月に行われた個人懇談会で担任に思いきって「発達を心配している」とだけ打ち明けました。11月に園長先生と担任と面談をしました。息子がやはり他の子とは違う事、年中・年長は成長が大きい年齢のため他の子との発達の差は開いていくだろうと告げられました。自治体が運営している療育センターの面談を勧められました。
数日後に療育センターで面談を受けました。息子は自閉症だろうが、私が仕事をしているため療育は無理だと言われ話が終わってしまいました。また悩みながらの忙しい毎日に戻りました。

年中の担任は療育センターでの経験が少しある先生でした。息子に療育のように接してくれました。スモールステップで指示を出すなど様々な事を教えていただき、園と家で連携しました。年齢的な成長もあったと思いますが、息子は担任に気持ちを受け止めてもらい、自己肯定感を育みました。
11月にまた園長先生と担任の先生と面談をし、再び療育センターを紹介されました。一年前とは違う担当者さんと面談をし、年長の春から週一回通えることになりました。
療育センターに通うには受給者証が必要なため、療育センターと連携している小児発達の先生に見て頂き診断を受けました。

年長になり療育センターに通い始めました。療育に詳しい保育士・臨床心理士・作業療法士などのプロの方々に多方面から診ていただきました。プロの方々により長男は眼を見張るような成長を遂げました。自信も付け、小学校入学に向けた療育もしていただき、普通級に進むことができました。
支援級と普通級では息子が選んだ方に進めば良いと思っていましたが、小児発達の先生からの勧めもあり普通級に進みました。

年長の夏休み中に田中ビレー知能検査を受けました。最初はWISCを希望しましたが、検査を実施する機関に問い合わせたところ、検査内容が小学生以上の内容のため上手く検査が出来ないだろうと田中ビレーを勧められました。小学校生活で支障の兆候が出始めてからでもWISCの検査は遅くないと言われました。
田中ビレーも母子分離の長時間の検査になります。検査結果は発達の凹凸を知るにはとても有用なものでした。気付いていなかった凹凸を知ることができました。

小学校には入学前に面談をしていただいて診断書と検査結果と息子の取説のようなお手紙を提出しました。学校が担任の配慮をしてくださいました。
小児発達には定期的に受診をして助言をいただいています。放課後発達デイの先生にも相談に乗っていただき、一人で抱え込まないようにしています。
今後も各方面と密接に繋がり、息子が過ごしやすく二次障害が出にくい環境を作れたらと考えています。息子が自立できるようにサポートをしていくのが私にできる最大のことだと思っています。

後輩ママへのアドバイス

発達に違和感を覚えた場合は周りの信用できる人に相談も良いとは思いますが、私の場合は発達障害ではないかという不安を否定され、障害者にしたいのかと批判までされてしまいました。結果、最初の違和感から診断や療育にたどり着くまでに4年半以上かかってしまいました。もっと早く療育を始めていればと後悔しています。

また、息子は年長になってから療育を始めましたが、小学校で支援級を考える場合は、事前に見学や申請をしなければいけない場合もあります。私が住んでいる自治体では、支援級の人材確保や予算配分の関係で支援級を希望するのは9月までが推奨されていました。(自治体によってかなり違うようです。各小学校に丸投げの自治体もあるようです。)年中や年長の一学期中までに支援級を見学し、9月上旬に普通級と支援級のどちらに進むのか判断を求められました。(支援級は保護者が希望しない限り入ることはできません。)
目の前の子どもの療育で手一杯になりますが、先の事も考えなければならず保護者は大変です。療育は早めに開始することをお勧めします。

お子さんに一番近く、一番長い時間接しているお母さんの違和感や不安が一番正しいと思います。いきなり診断はハードルが高いかもしれませんので、保健所や園などの第三者に相談する事も私はお勧めします。一人で抱えて対処できるものではありません。勇気を出してまず一歩を踏み出してみてください。

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